So-net無料ブログ作成
検索選択
歴史・史跡 ブログトップ
前の10件 | -

謹賀新年 [歴史・史跡]

我が家の元旦は、恒例、旦那作白味噌雑煮でスターウォーズ三昧^_−☆
image-20170102113306.png
何がスターウォーズ三昧かって?
おせちは、スターウォーズおせち。
それから、テレビに映ってるのは、スターウォーズエピソード6.
wowwowでやっていた年越しスターウォーズ7作のうち、エピソード1.2.3でいったん寝て、起きてから6.7を見てしまったヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3=3

スターウォーズでフォースにまみれたあと、フォースに導かれて、こちらへ。

西新井大師
image-20170102113316.png
空海が平安時代に創建したと伝えられる、真言宗豊山派のお寺。
関東の三大師として、有名なためか、すごい人。

参道も、こんな感じヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3=3
image-20170102113330.png

実は、元旦に初詣に行ったのは、初めてかも。
こんなに混むとは、びっくりでした。
西新井大師駅付近から行列、参詣まで、50分もかかりました。

待っている間、ふと、
初詣って、いつから行われているんだろ?
と疑問に思い、調べて見た。

現在のような形の初詣が行われるようになったのは、実は、明治時代末期ころ。

鉄道網の発達と関係しています。

江戸時代末期までは、年篭りという習わしが。

家長が、氏神や、その年の恵方の神社などに大晦日の晩から篭り、一家の繁栄を願う習わし。

氏神や、恵方に関係なく、有名な神社仏閣に参詣するようになったのは、明治時代。

明治中期ころ、鉄道網が発達しはじめましたが、乗客が少なければ、やっていけないのは今も昔も同じ。
しかも、当時の鉄道運賃、そんなに安くない。

そこで、鉄道会社は、沿線の観光案内図を出すなどして、鉄道に乗ってもらうように頑張ったのです。
そういえば、この時代の沿線案内図、鉄道の歴史の展示などでは、定番。

初詣も、沿線の目玉の一つ。
いわば、鉄道会社の営業戦略のようです。

沿線の目玉として、初詣を広めた、ということのよう。

フォースにまみれ、鉄道の歴史にも触れた、私らしい正月を迎えとります。


nice!(14)  コメント(9) 

白鷺城 [歴史・史跡]

約4ヶ月のご無沙汰です。
仕事は全く落ち着いてないのですが、先日久々の完全オフ。

夫婦でここに行ってきました^_−☆
image-20161207140218.png

姫路城です。

最近大規模な修繕が終わり、白すぎ?とか言われたこともありましたが。

修繕完了からしばらくたっているせいか、そんなに白いという感じはしませんでした。

ただ、城自体の規模の大きさ、防御設備の充実には、驚きました。

というのも、この天守が建てられたのは、関ヶ原の後、大阪の陣前。

西国のおさえとして、戦う為の城として、建てられたもの。

天守を建てたとされる、池田輝政は、徳川家康の娘婿。池田自体は外様大名ですが、家康に信頼されていたのでしょう。

その後の城主は、すべて徳川譜代の大名が務めていますが、ちょっとでも問題があると、すぐ国替え。

例えば、城主が若くして亡くなり、幼い子供が後を継がなければならなくなったり。

多額のお金を払って女性を身請けしたことを将軍にとがめられ、国替えになったり。


ちょっとでも問題があると、攻められる可能性がありますので、国替えになったというわけ。
それだけ、将軍家がこの城を西国の押さえとして、重視していた証拠です。

そのため、姫路城は、城主が、ころころと変わった城でした。


それから、姫路城天守は、空襲を奇跡的にまぬかれたということで、有名。

一体が、焼け野原となった中で、天守だけが立っている写真を見ましたが、圧巻でした。

天守を襲ったのが不発弾だった、とも言われています。

とにかく、すごい城でした。



nice!(12)  コメント(3) 
共通テーマ:旅行

中城城 [歴史・史跡]

所用で、沖縄へ。

ついでに、念願のこちらの城跡へ。
image-20160529162947.png
中城城。なかぐすくじょう、と読みます。

「琉球王国のグスク及び関連遺跡群」が世界遺産に登録されていますが、グスクとは、琉球王国の城。
つまり、琉球=沖縄の「城」は、「ぐすく」と読みます。
なので、中城城は、「なかぐすくぐすく」と読むのでは?とも思うのですが、そうではないのであります。

で、ここに行くのがなんで念願だったか?

理由一つ目は、沖縄県では、もっともよく遺構が残っていると言われていること。

これは、現地にある模型ですが、全体の様子がよくわかります。
image-20160529163009.png

image-20160529163021.png
ここは、まだ、琉球が3つに分立していた14世紀の後半ごろ、主要部分が築かれ、その後、1440年に護佐丸が増築、完成したと言われる城。
護佐丸が1458年、他の城(勝連城)の城主の攻略によって滅びた後、しばらくして統一された琉球王国の所有になったとか。

その後、薩摩の島津氏が侵略した、江戸時代を経て、

明治時代から終戦までは、村役場が置かれるなど、行政の中心地でしたが、沖縄戦で建物が焼失し、各時代にどんな建物が立っていたか詳しくはわかっていないとか。



念願だった理由二つ目は、城跡から海が見渡せること。
沖縄の城跡と言えば、琉球石灰岩でできた城壁。石灰岩とは、サンゴの死骸でできた石ですので、本土の石垣の石とは一味違う。それに、城壁の曲線も、なんともいえず、きれい。
そして、沖縄の海は、なんとも言えない、エメラルドブルー。
これに、青空が加われば、きっと、えもいわれぬ素晴らしい景色なことでしょう・・・想像がふくらみます!

沖縄は梅雨入りしていましたが、この日は、幸いに晴天に恵まれました。


念願だった理由三つ目、空港のある那覇市内から、バスで行けそうなこと。

前回沖縄に行ったときは、どのバスにのればよいのか、よくわからず、断念したのですが、今回、下調べした結果、何とかバスでたどりつけそうなので、再チャレンジしてみたのです。

城跡へは、那覇のバスターミナル発着の30系統のバス(行先表示に30と表示されている。泡瀬営業所行など、泡瀬東線)で、一時間ほどの、「久場」(くば)というバス停で降り、徒歩15分ほど。片道790円なり。休日でも30分に1本程度は便があります。(以上、2016年・平成28年5月末現在の情報です)

バス停から、バスの進行方向に向かって、先にしばらく歩くと、左手に久場公民館が。その前を左折し、後は道なりに15分上っていき、上りきったところを右に曲がると、城跡付近。

15分とはいえ、ずーっとだらだらした上り。登山です。きついはきついですが、アスファルトの舗装された道なので、山道という感じではありません。
それに、後ろを振り返ると、エメラルドブルーの海が見えます。時々、海を見て休憩しながら、何とかたどりつきました。



裏門側から入城すると
image-20160529164045.png

そこは「北の郭」
image-20160529164114.png

北の郭には井戸が。今もこんこんと湧いてます(@_@;)
image-20160529164123.png
水を確保することは、籠城するときに極めて重要なこと。中城城は、このほか、もう一つ城内に井戸を確保していました。

二の郭。南西側城壁。エメラルドブルーの海が見えます。実際はもっときれいでした。
image-20160529164158.png
かつて、この近くの屋宜というところに貿易港あり、そこでの貿易で栄えたとか。
ちなみに、屋宜というバス停、バスで通ってきたなあ、そういえば。

二の郭。南東側かな?この城壁のきれいなカーブが特徴です。
image-20160529164206.png


二の郭には、忠魂碑が。→沖縄戦のかな?
image-20160531233245.png
沖縄戦含め、いくつもの戦場となった場所です。

一の郭への入り口の門。
image-20160531233324.png
一の郭には、正殿が建っていたようですが、どのような建物だったか、わからないそう。

順路の一番奥にあるのが、正門です。
image-20160531233339.png

城址の手前に、護佐丸の墓が。
image-20160531233431.png

沖縄の独特の墓の形。17世紀にたてられたもののようです。
image-20160531233443.png

墓の前の石碑。護佐丸の名前が彫られています。これは、大正11年に建てられたものですが・・・。
image-20160531233459.png

チケットには、幕末、ペリー提督一行が調査に入ったときの、絵が。
image-20160531233509.png
建物が見えますが、これは、現在ではありません。

それにしても、暑かった・・・

nice!(16)  コメント(1) 

金沢は今日も雨(; ̄ェ ̄) [歴史・史跡]

先日、毎年恒例少年院見学で、金沢市の湖南学院に行ってきました。しょうなん、ではなくて、こなんです。

湖南の名称は、昔は、もっと海岸に近い方にあり、今はなき湖の南にあったから、湖南。
ベーカー街にある(シャーロックホームズの作者のコナンドイル)訳でも、少年コナンと関係している訳でもありません(; ̄ェ ̄)・・・当たり前か。
image-20151201204359.png

平成24年建て替えたばかりの、非常に新しい建物で、建物内至るところに丸みを帯びたデザインを採用するなど、温かみを感じるよう工夫されていました。

翌日は、金沢城他、戦災を免れた金沢の歴史溢れる街並みを堪能しました(^_−)−☆

金沢駅東口の「もてなしドーム」北陸新幹線開業に合わせて建設された、玄関口。
image-20151201204420.png

長町武家屋敷街。江戸当時の街並み(用水路、土塀など)が、そのまま保存されて残っています。
image-20151201204443.png

こちらは明治大正期の建物ですが、昔の陸軍の兵器庫だった、レンガ造りの建物も、そのまま残っています。
現在は、歴史博物館等になっています。
image-20151201204500.png

ご存じ、兼六園。紅葉の見ごろは、もう少し後かな?
image-20151201204556.png
ここは、金沢城の庭園として造られた、日本屈指の名庭園。
個人的には、江戸城の庭園より、立派だと思いました。

兼六園から橋を渡ると、金沢城。
ちなみに、橋の下の道路は、昔堀だったところを、そのまま利用しています。

金沢城と言えば、この建物。
image-20151201204620.png
これは、実は、江戸時代の建物ではなく、最近になってから、莫大な費用をかけて、復元したもの。
ただ、この復元建造物のすごいところは、外観だけを復元したのではなく、内部まですべて、当時の工法で復元されていること。他の城の復元建造物が、外観だけを復元して、内部は普通の建物になっているのが多いのと、対照的。

江戸時代からの現存建造物は、兼六園に面した、石川門
image-20151201204657.png

鶴丸倉庫
image-20151201204743.png

そして、三十間長屋。
image-20151201204757.png
いずれも、立派。さすがは、加賀百万石です。

そして、金沢城と言えば、石垣の博物館と言われるほど、いろいろな石垣が見られます。
image-20151201204901.png

image-20151201204941.png

image-20151201205012.png
すべて違うのが、おわかりいただけますよね。

また、本丸付近は、紅葉もきれい。
この時期は、夕方~ライトアップ。
image-20151201205027.png

この時、時刻はまだ午後4時頃なのですが、お天気が悪かったのもあり、すでにライトがついており、幻想的な雰囲気をちょっと味わうことができました。
image-20151201205042.png

その後、浅野川沿いにある、二つの茶屋街へ。お茶屋とは、芸者遊びをするところですね。

主計町茶屋街。
image-20151201205057.png

ひがし茶屋街。
image-20151201205107.png
すでに時刻が午後5時ころになっていて、茶屋の公開時間は終了していましたが、ライトアップされたところが見られたので、正解でした。

金沢グルメも堪能。

治部煮
image-20151201205156.png
寒い地方ならではなのでしょう、とろみのある、煮物。

のどぐろの握り。
image-20151201205210.png
近江町市場の回転ずしで。
回転寿司なので、リーズナブルですが、味は本格的でした(#^.^#)

写真でお分かりのとおり、ず~っと雨が降ったりやんだりでしたが、これ以外にも、古い建造物がたくさん残っていて、金沢、堪能しました(^_-)-☆

nice!(12)  コメント(4) 
共通テーマ:旅行

春日山城 [歴史・史跡]

毎年恒例の大学生の移動法律相談で、新潟県は上越市へ。

まず北陸新幹線で上越妙高駅へ。ここは、開業前は脇野田駅でした。開業と同時に駅名が変わったのです。
image-20150811192008.png

新幹線開業と同時に、在来線は、第三セクターに。これも、おきまりのパターン。
image-20150811192042.png

新幹線に合わせて、新潟方面へは連絡特急しらゆきが接続。今回は乗らなかったけど。
image-20150811192119.png

なお、JRではないので、青春18きっぷは、使えないらしい。

上越妙高駅の西側の山に夕日が沈んでいきます。綺麗ですね^_^
image-20150812000025.png

で、本来の業務が終わって、これも恒例の山城めぐり。

今回は、当然こちらへ^_−☆
image-20150812000115.png
上杉謙信の居城で余りに有名な、春日山城です。

レンタサイクルが見当たらなかったので、春日山駅から、てくてく、30分歩きます。

前方、セブンイレブンの看板の左手が、城跡らしい。縄張りがよく残っているのが、遠くからもわかりますね。
image-20150812000133.png

大手道の入り口付近で、こんなかわいいお出迎えが。ただ、これは春日山キノコ園の看板のようです。
image-20150812125504.png

大手道を行ってみることに。
image-20150812125534.png

image-20150812125552.png

この先、大手道が復元されている模様。ただ、余りにも人がすくなかったので、くまさんのところまで引き返すことに。
image-20150812125614.png

くまさんのところから、舗装された車道を、謙信公銅像方面へ。

途中から、すごい急坂です。

なぜか、銅像の少し手前、道路下に土俵??
image-20150812125724.png

やっと謙信公銅像前にたどり着く。普通は、ここまで車で来て、ここから車を止めて歩くらしい。
image-20150812125752.png

銅像の裏手から、登城、というか山登り。縄張りがはっきり、よくわかります。
image-20150812125821.png

家臣の甘粕近江守のお屋敷跡。
image-20150812130015.png

この辺りまで登っただけで、この絶景(^_−)−☆
image-20150812130039.png

三の丸あと。
image-20150812130113.png

上杉三郎、つまり景虎の屋敷あと。謙信の死後、跡目争いで、景勝に敗れた景虎です。
image-20150812130140.png

米蔵あと。向こう高くなってるのは、土塁でしょう。
image-20150812130201.png

天守閣あと。なお、天守閣、と言っても、きちんとした建物はなく、物見櫓のようなものがあっただけと言われています。
image-20150812131006.png

確かに、天守閣あとからは、この眺め。城下が一望できます。
image-20150812131042.png

いよいよ本丸あと。春日山城址の石碑がたっています。
image-20150812131114.png

本丸からの絶景。パノラマ写真、あまり上手く撮れませんでしたが。
image-20150812131147.png

本丸から、下り道に入ると、戦いの前、謙信が篭ったとされる、毘沙門堂が、復元されています。
image-20150813124851.png
大河ドラマでは、お堂ではなく、洞窟に篭ってましたね、そういえば。

毘沙門堂の中には、毘沙門天の仏像。
image-20150813124917.png

毘沙門堂の少し下、直江屋敷あと。直江兼続の屋敷あとですな。
image-20150813124956.png

image-20150813125017.png

登りは、15分足らずで登れますが、結構苦しかった( ̄Д ̄)ノ下りは、あっという間でした(^_−)−☆

因みに、上越妙高駅の新幹線改札前に、

春日山城のジオラマと、
image-20150814170220.png

謙信公着用の鎧のレプリカ。
image-20150814170231.png

その後、謙信公を祀った、春日山神社にお参り
image-20150814232620.png

神社前の石段。
image-20150814232643.png

銅像前に戻り、茶店で、謙信力そばをいただき、春日山をあとにしました。
image-20150814232708.png

帰りは、謙信公のお墓がある、林泉寺により、
image-20150814233342.png

因みに、写真撮り忘れたのですが、この門の手前の惣門は、春日山城から移築されたものと言われております。だとすると、唯一の現像建造物ですな。
image-20150814233402.png

謙信公のお墓参りをして、
image-20150814233431.png

直江津駅まで、歩いて、帰りました。疲れたけど、充実した、山城攻めでした(^_−)−☆
nice!(7)  コメント(2) 

伊香保温泉 [歴史・史跡]

修習生との弁護士会の旅行で、伊香保温泉に行って来ました。
万葉集にもその名が見える、古い温泉です。

伊香保といえば、この石段
image-20150613121914.png

江戸時代、近くの神社や寺の参拝客のために、温泉街と石段を作ったとか。

私も実際歩き回り、石段がないところも坂道だらけで、筋肉痛になりましたが、よくもまあ、こんな傾斜地に温泉街を作ろうと思ったものだと・・・

石段がないと、観光に来ようと思わないでしょうね( ̄Д ̄)ノ

石段の頂上は、伊香保神社。

image-20150613121932.png

江戸時代には、かなりの人が訪れたため、関所があったとか。
image-20150613121959.png

かつて、ハワイ公使が、ここを気に入り、公邸を建てたとか。
今は使われていませんが、建物が保存されています。
image-20150613122019.png

伊香保には、今は、JR上越線渋川駅からバスで向かうのが一般的。
image-20150613122123.png

明治時代には、伊香保に向かう、チンチン電車があり、たいそう賑わったとか。

チンチン電車が、伊香保温泉街のはずれに、保存されています。
image-20150613122151.png

チンチン電車というか、ほとんど登山電車だったとか。
image-20150613122203.png

今は、新幹線と
image-20150613122219.png
北陸新幹線はくたか、かっこいいです〜(^_−)−☆

上越線普通電車
image-20150613122236.png
バスで向かいます。

チンチン電車は、このバス網の発達で、廃止されました。

湯の花饅頭
image-20150614225249.png
この黒い温泉饅頭も、伊香保が発祥と言われているらしいです。
nice!(11)  コメント(3) 

城下町サイクリング [歴史・史跡]

ジャーマンアイリスに続き
image-20150429233124.png

すずらんが満開(^_−)−☆
image-20150429233139.png

先週末あたりは、共演が楽しめました。
image-20150429233154.png

そんな中、GW突入、例によって、旦那とは見事に全く休みが合わないので、恒例の史跡散策。

今年は、もちろん、愛車で(^_−)−☆
image-20150429233321.png
え、史跡ではない?

ここは、数年前に訪れた、岩槻城址公園。愛車で再訪(^_−)−☆

東武特急きぬ、前に来たときは外から見ましたが、今回は中へ。
image-20150429233343.png

子どもたちが、いなくなった隙を見計らって。
image-20150429233356.png

元岩槻市役所の近くの一里塚
image-20150429233428.png

岩槻藩の藩校、遷喬館
image-20150429233446.png
1799年の建物が未だ残っています。藩校の建物が現存しているのは、県内では唯一、全国的にも比較的珍しい。

近くに酒蔵が。
image-20150429233459.png

image-20150429233513.png
実は、普段通勤している距離とほぼ同じ距離の岩槻。

また、来ようと思います(*^_^*)
nice!(7)  コメント(2) 

歴史巡りポタリング [歴史・史跡]

連休明け、雨の仕事初めになってしまいました(; ̄ェ ̄)

連休は、お天気でした。
1日目土曜日は、夫が休みなのに私は午後から仕事だったのですが、2日目3日目は、夫は仕事。私は自転車でぷらっとお出かけ。

春日部八幡神社
image-20141125214854.png
七五三の参拝者が沢山いました。
手前は、御神木のイチョウ。きれいに色づいています。

イチョウの手前には、紅葉の木も。
image-20141125214906.png

八幡神社の隣に、稲荷神社。参道のイチョウ並木がきれい(^_−)−☆
image-20141125214921.png

実は、このあたりは、古くから栄えた場所。浜川戸遺跡。数々の遺物が発掘されています。
なぜかというと、この近くを流れる、古隅田川と古利根川がもたらす土砂が堆積してできた、河畔砂丘という、珍しい地形で、周囲よりも高くなっているから。

八幡神社一帯は、ちょっとした山になっています。
image-20141125214933.png
周囲は、平坦な土地なのに、突如山が現れます。

え、2合目?
image-20141125215154.png
これは、江戸時代、砂丘を利用して、富士塚が作られたのです。

富士塚に登ってみました。

下を見たところ。
image-20141125215210.png

八幡山をあとにして、古隅田川沿いをぶらり。

古隅田川は、文字通り、昔の隅田川。

江戸時代、水害を防止し、田んぼを新たに開発するため、関東平野では、いろんな川の付け替えが行われました。

例えば、利根川。
昔は、東京湾に注いでいたのですが、銚子から太平洋に注ぐように、付け替えが行われた・・・というのは、千葉県民にとっては、郷土史でおなじみの話です。

この古隅田川も、古くは利根川の流れだったらしいです。

古隅田川の堤防跡の公園に、江戸時代の石橋が、移築されて残っています。
image-20141125215243.png

これは、現代の県道にかかる橋ですが、業平橋というのもあります。
image-20141125215308.png
江戸時代は、もっと上流にあったそうですが、在原業平の船塚があったといわれる、その近くにかけられたから、業平橋、と名付けられたそう。

実は、有名な都鳥の歌は、東京の業平橋ではなく、こちらの春日部の業平橋で詠まれた、という説があり、江戸時代の句碑が春日部八幡にあるらしい。←今回見逃したけど。

ここ業平橋は、そのような説に依拠して、江戸時代に名付けられたようです。

ちなみに、東京の業平橋の近くの駅は、今や一大観光地となった、東京スカイツリー駅。昔は業平橋駅でした。こんな由緒ある駅名を変えるなんて、ひどいと思ったものです。

ここ、春日部の業平橋の最寄は、豊春駅です。
この駅名は、この辺りが明治22年の町村制施行時、豊春村だったことに由来。豊春は、町村制施行時に生まれた新しい地名で、豊かな春を迎えるように、との願いがこめられているとか。

その後、豊春駅近くのタイ料理屋で、グリーンカレーを食べ、
image-20141125215355.png

春日部の農業祭で、大根を50円、塩えんどう豆を150円でゲットして、帰りました(^_−)−☆

その日の夕飯。

仕入れた大根の葉っぱと皮をシャケフレークと一緒に炒めたのと、大根サラダ
image-20141125215409.png

大根ポトフと塩えんどう豆
image-20141125215419.png

翌日。

岩槻区の真福寺貝塚へ。
image-20141125215447.png

といっても、周りにはなーんもありません。

image-20141125215506.png

image-20141125215516.png

image-20141125215527.png

国史跡の石碑と、標識あるのみ。
image-20141125215542.png

耕されているように見えるのは、発掘のあとでしょうか?
image-20141125232110.png
一応、満足したので、帰途につきました。

途中、何だか気になる寺が。
image-20141125232128.png

image-20141125232141.png
江戸時代創建の寺で、仁王門と、金剛力士像が有名らしい。知らんかった。
image-20141125232150.png
帰途に着く前に、ランチ。連休の締めは、やはり蕎麦。
image-20141125232257.png

その日の夕飯。

農協の直売所でゲットした人参とスパムの炒め物、キノコマリネ、他は、前日の大根料理の残り。
image-20141125232307.png

nice!(11)  コメント(4) 

お伊勢参り [歴史・史跡]

先週、弁護士会の少年院見学で伊勢市へ。

伊勢市と言えば、伊勢神宮に詣でないわけには、いかん(ー_ー)!!
ということで、お伊勢参りへ。

まずは、二見浦にある、夫婦岩へ。
image-20141026214449.png
古来より、お伊勢参りは、まずは夫婦岩のそばにある、二見興玉神社から参拝するのがならわしらしい。

この神社、夫婦岩がご神体かと思いきや、そうではない。
ウイキペディアによると、「夫婦岩の沖合約700mの海中に沈む、祭神・猿田彦大神縁の興玉神石を拝する神社」だそうな。
夫婦岩は、興玉神石の目印、ないし、鳥居の役割をしているもの。

・・・知らんかったので、夫婦岩だけ拝んで帰ってきてしまった(^^;)

夫婦岩の傍らに、かえるさん。
image-20141026214509.png
これは、猿田彦大神の、神使がカエルであることに由来。カエルは、「無事カエル」「貸したものやお金がカエル」など、縁起がよい、ということらしい。


宿泊は鳥羽グランドホテル。
ホテルから、入り江が見えます。

夕景。
image-20141027125629.png

朝日が昇った直後。6:30位。
image-20141027125644.png

大分日が昇った9:00前頃。
image-20141027125708.png
きれいで、心が洗われます。

いよいよ、お伊勢参りへ。

ホテルのバスで送ってくれたので、先に内宮へ。
本当は、外宮から内宮へめぐるのが、正式らしいですが、内宮は、駅からかなり歩くのです。

宇治橋鳥居
image-20141027125727.png

宇治橋の下を流れる五十鈴川。
image-20141027125841.png

神苑で、にわとりが穴掘り中。
image-20141027125858.png
真っ白で、きれいなにわとりでした。


五十鈴川御手洗場
image-20141027130044.png
ここで身も心も清めてから、お参りするのです。

正宮前の、御贄調舎
image-20141027130107.png
お祭りのとき、お供えのアワビを調理する儀式を行う場

正宮。階段上は撮影禁止なので、階段下から。
image-20141027130130.png

境内は、このような大木がたくさん
image-20141027130221.png
この中を歩くだけで、心が洗われます。

荒祭宮
image-20141027130257.png
伊勢神宮がおまつりする、天照大神の荒御魂をまつる、別宮。荒御魂とは、神の特別な働きをする状態、または神が現れた状態と言われています。

ちなみに、正宮では、感謝の気持ちを述べるだけで、お願い事をしてはいけないのですが、ここ荒祭宮では、お願い事をしていいことになっています。
そのためか、みなさん、参拝時間が長めです(^_-)-☆

御厩。
image-20141027130425.png
神馬がいます。きれいな白です。
写真では伝えきれないのですが、ものすごく優しい目をしていらっしゃいます。

再び宇治橋を渡り、内宮を後にします。
image-20141027130446.png
すでに一部紅葉が始まっていましたが、紅葉の最盛期は、さぞやきれいなんでしょうな。

内宮を出て、おはらい町へ。すごい人(@_@;)
iphone/image-20141027130536.png
・・・普通は、おはらい町を通って、内宮参拝するんでしょうけど、バス停が宇治橋鳥居の前なのです。

赤福本店で、並んで赤福を購入。
image-20141027130844.png
伊勢市は、あちらこちらで、赤福の看板があり。
今は、あちらこちらで買えるので、別にここで買わなくてもいいんですけどね。

おはらい町で、同行者何名かと、昼を食べましたが、それは、食べ物編で。

おはらい町の、内宮側の入り口付近に、こんなかわいいにゃんこさんがいらっしゃいました。
image-20141027130911.png

タイヤがお立ち台?
image-20141027130928.png

水を飲んでいます。
image-20141027130946.png

内宮を後にして、伊勢市駅近くの外宮へ。

伊勢市駅からの参道入り口
image-20141027131011.png

表参道
image-20141027131044.png

外宮の正宮。
やはり、中は撮影禁止。
image-20141027131153.png

伊勢市からの参道は、普通の商店街という感じ。おはらい町が趣ある建物だらけなのと対照的。

ただ、こんな歴史的な建物が。

ホテル。大正か、昭和初期の建物だったかな。モダンです。
image-20141027131210.png

にゃんこさんはいませんでしたが、陶器でできた、可愛い動物たちが。
image-20141027131345.png

image-20141027131408.png

image-20141027131424.png

image-20141027131442.png

お伊勢参りは、私は、中学の修学旅行以来ですから、30年位ぶり?

江戸時代に大流行したようですが、境内が実によく考えられて作られているなあ、と感じました。
正宮まで、かなり歩き、すごい人だったのですが、混雑をさほど感じさせず、気持ちを高める工夫がされています。

まるで、ディズニーランドのアトラクションみたいだなあ、と感心(#^.^#)

なぜか歩くだけで、癒される、不思議な場所です。

伊勢参り本編は以上。
食べ物編、乗り物編は、またの機会に。
nice!(7)  コメント(2) 
共通テーマ:旅行

中世の城復元・根城 [歴史・史跡]

とても低姿勢のバスがいた、八戸にも、城跡があります。
image-20140828182856.png
根城です。
根城は南部藩八戸南部氏が、中世に建てた城。
根城と名付けられたのは、文字通り、根っこ、つまり、南部一族の拠点としたいという思いから。

南部氏の祖、南部師行の像
image-20140828182907.png

江戸時代に入り、南部藩の拠点が盛岡に移り、八戸南部氏の領地替えで根城は廃城になってしまいました。

従って、弘前城のように、江戸時代の建物が沢山残っている、というわけではありませんが、貴重な中世の城の様子がよく残っており、建物も、文献等により、研究して、復元されています。
image-20140828182939.png


image-20140828183116.png

image-20140828183128.png

image-20140828183140.png

これは、旧八戸城の門。根城の門だった可能性もあるそう。だとすると、唯一の、現存建造物?
image-20140828183219.png

image-20140828183236.png

堀跡

image-20140828183349.png

門をくぐると空堀。敵の侵入を阻止すべく、掘られたもの。
image-20140828183404.png

image-20140828183423.png

空堀を渡ったところは、東善寺跡。現在でも、お墓が。
image-20140828184558.png

実のなる木。
籠城に備え、城内には食べられる実を結ぶ木が植えられていたとか。
image-20140828184622.png

中館跡。
image-20140828184659.png
復元建造物が。
image-20140828184710.png

本丸が見えてきました。

image-20140828184903.png

本丸に通ずる橋は、木橋。
image-20140828235403.png
木なので、焼いてしまえば、渡れない。
image-20140828235413.png

本丸の主殿。主が政務をとったところ。
image-20140828235606.png
内部
image-20140828235634.png

image-20140828235655.png


image-20140829000459.png

image-20140829000511.png

馬屋

image-20140829000557.png


image-20140829002602.png

門以外の建物は全て復元ですが、土塁、堀跡などがよく保存されており、見応えがありました。

八戸駅徒歩40分、行きはタクシーでしたが、帰りは歩きました。

橋を渡ったところから、遠くに見えるのが城跡
image-20140829002614.png

低姿勢な南部バス他の各路線バスでも、もちろん行くことができます。

nice!(7)  コメント(2) 
前の10件 | - 歴史・史跡 ブログトップ